社会保険労務士法人 HMパートナーズ
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企業の職場環境改善義務
セクハラによる職場改善を訴えた社員を配置転換した。
※本事例は、判例等をもとに脚色して作成しています。法知識が正確に伝わるようできる限り努力していますが、実際の事件にはさまざまな要素が複雑に絡んできます。同様の判断が類似の案件に必ず下されるとは限りませんので、ご注意下さい。
事件の経緯
X子さんは、K設計名古屋事務所に勤務しています。同事務所では、平成14年3月25日に「C氏のお別れ会」と称して、終業時刻の6時から事務所内で酒席が設けられました。
X子さんは、当日そのことを知らされたうえ、年度末で多忙であったため、出席する時間はなかったのですが、お別れ会ということなので、乾杯だけはつきあい、後は自席に戻り仕事をしていました。
X子さんが仕事を続けている間もずっと酒席は続いており、何だか猥談のような話が聞こえてきたので、不快な気分になりました。さらに午後10時ごろ、X子さんがトイレに行き、席に戻る途中で酒席のテーブルの横を通ろうとすると、「まあまあ、X子さんも飲んで」と声をかけられ、促すようにおしりを触られました。非常に不快になり、抗議の意味も含めて「お酒を飲んでいる時間があれば、家に帰ります。」と言い、自分の席に戻りました。
その後、X子さんが仕事を終え、帰宅しようとしたところ、同僚の男性社員から電話があり、女性社員F子さんがひどく酔っ払ってしまい、歩けない状態なので、X子さんに介抱してほしいとのこと。やむを得ずまだお酒を飲んでいたA所長に、帰宅がてらF子さんを介抱しに行く旨伝えると、A所長は「X子さんは女性にはいつもやさしいね。ぼくたちには冷たいけど。」と言いました。さらにJ次長が「そうだ、サービスが悪い。」とげらげら笑いながら大声で言いました。X子さんは、屈辱的で不快な思いを抱いてその場を離れました。
X子さんが、F子さんのいる駅近くの公衆トイレに行ってみると、F子さんは相当気分が悪くなっているようで、知り合いに迎えに来てもらうことにし、その場で介抱しながら待つことにしました。ところがしばらくすると、E部長及びJ次長がやってきました。そして、F子さんが少しよろけた際、E部長は正面から抱きかかえるような姿勢をとりましたが、その様はX子さんからすると、よろけたF子さんを支えるためだけのものではなく、体を触るためにしているとしか思えませんでした。
X子さんには、3月25日に起こったことがどうしてもそのままにしておくことができず、何らかの改善策を取りたいと思いましたが、名古屋事務所では的確な対応が期待できるとは思えないので、本社のB取締役に対し、次のような電子メールを5月8日に送りました。
「1.深夜10時を過ぎて仕事をしている社員に対して、一緒に飲酒するよう強要する、2.飲酒席とはいえ、社内で残業している社員に対して、個人的なサービスが悪いなどと言動する、3.飲酒により体調を崩した社員に対して、相手が一人で立てないことを良いことに、身体を触る、という言動を行う部長及び次長がおります。」
「このような就業環境は著しく不快なものであり、個人の職業能力発揮に支障を生じ、共に働くことを生理的に受け入れられない状態に達しています。よってここに苦情を申し上げ、しかるべき処理の対応及び回答を5月17日までに求めます。なお、期日を過ぎて、しかるべき回答をいただけないときは、社外へ相談させていただきます。」
5月13日、X子さんにB取締役から次のような電子メールが届きました。
「1及び2については私より口頭で注意します。3については、労務担当者より文章にて厳重に注意します。ただ、本社としては社内飲酒の禁止等は考えておらず、適度なノミニケーションは必要であり、その判断は所長に任せます。」
X子さんは、「ノミニケーションは必要」などというのはふざけた内容であり、債権者の申し立てたセクハラについて何らきちんとした対応の約束もないものと感じ、次のような電子メールをB取締役に返信しました。
「J次長の異常なる女性に対する接し方に耐えがたく、業務を共に行うことができない旨申し上げているのです。口頭注意などで済ませるということですから、社外への相談という手段を取らせていただきます。」
5月15日、X子さんはB取締役に次のようなメールを送りました。
「昨日、愛知労働基準局雇用均等室に相談してきました。そして窓口担当者の方より指導を受け、1.口頭注意等の処置は、個人のプライバシーに影響を及ぼし、就業環境の悪化を及ぼしかねないので、やめて欲しい。2.文章にて注意とのことですが、あらかじめその文章の内容、文章を出す年月日等を知らせて欲しい。3.職場におけるセクハラに関する方針を明確化して欲しい。という3点につき要求します。」
5月20日、B取締役からX子さんにメールが届き、真意がつかみがたいので、5月30日及び31日に名古屋事務所に赴きヒヤリングを行うとのことでした。
X子さんは、A所長自身の自覚が足りないために状況を悪化させていることにも留意して欲しいこと、また女性にヒヤリングする際には、本当の気持ちを伝えやすいよう、個別ではなく自分を含めて女性社員全員一緒にヒヤリングして欲しいことをメールで訴えました。
5月31日、X子さんはB取締役と事務所近くの喫茶店で面談しましたが、希望した女性社員全員一緒の面談ではなく、X子さん一人でした。その内容は、X子さん自身が異動してはどうかということでした・・・
X子さんは、自分が転勤することでは何も事態は改善されないと考え、転勤を拒否し、職場環境改善のための話し合いを要求しました。
その後社長も含めて、何度か話はしたのですが、会社側はX子さんの真意を理解しません。それどころか、9月1日付での大阪事務所勤務を書面にて通知し、強硬に赴任を命じてきます。
X子さんは転勤命令の不当性を申し立て、引き続き名古屋事務所に勤務し続けました。しかしながら、お互いの意見が平行線をたどったまま、赴任を命じられた大阪事務所では欠勤扱いになっているとのことで、9月24日に「出勤の督促」、そして9月26日に「出勤の再督促」と題される内容証明郵便が会社から送り届けられ、ついに10月2日、本社の専務から電話が入り、本日付で懲戒解雇すること、理由は転勤命令に従わず、無断欠勤が14日以上に及んだためだと告げられました。
X子さんは、労働契約上の地位の保全を求め、会社を訴えました。
さて、この訴えの結末は...
労働者側の勝ち:配転命令も懲戒解雇も無効
【主 旨】
当該配転命令は権利の濫用
この配置転換命令は、X子さんが愛知労働局雇用均等室に相談するなどして、セクハラ防止と職場環境改善を要求したことに対し、会社はセクハラや職場環境に関する事実の存否について、具体的な聴取をすることもなく、話し合いについても誠実に対応することがないまま、雇用均等室に相談することによって話を大きくした責任がX子さんにあるとし、大阪に転勤するか、辞めるか2つに1つだなどとして、発したものである。
使用者の配転命令権は、無制約に行使することができるものではなく、また事実関係からしてX子さんが責任を負うべき事情は認めることができない。
つまり、この配転命令は、X子さんに対して不利益処分を課すことを目的とした、不当な動機・目的をもって行われたものであり、配転命令権を濫用した無効なものと言わざるを得ない。
配転命令が無効である以上、懲戒解雇も無効
配転命令が無効である以上、X子さんがこれに従わず、大阪事務所に出勤しなかったことをもって、「正当な理由なく無断欠勤14日以上に及び出勤の督促に応じないとき」に当るということはできず、これを懲戒解雇事由とする懲戒解雇は無効というべきである。
(参考判例)
名古屋セクハラ(K設計)事件
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