社会保険労務士法人 HMパートナーズ
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女性社員の深夜勤務への配置転換
労働基準法が女性の深夜勤務を禁止していた時期に入社した女性社員を、法改正後に深夜勤務へ配置転換した。
※本事例は、判例等をもとに脚色して作成しています。法知識が正確に伝わるようできる限り努力していますが、実際の事件にはさまざまな要素が複雑に絡んできます。同様の判断が類似の案件に必ず下されるとは限りませんので、ご注意下さい。
事件の経緯
M社は、菓子類及び生鮮食料品の受発注業務の代行並びにこれらの商品の貨物自動車による運送を主たる業務とし、これを年中無休、24時間体制で行っている会社です。
従業員は、正社員、準社員、パート社員に区別されており、正社員は構内作業の管理、配車、車両修理、貨物自動車運転業務などに従事し、準社員及びパート社員は構内作業もしくは貨物自動車運転業務に従事することが通例となっています。
Aさんは独身女性であり、平成7年4月、M社に準社員として入社し、2トン貨物自動車の乗務員として勤務していましたが、平成9年1月に正社員に登用され、従来の業務に加えて事務センターにおいて得意先への請求書類の作成、発送などの事務管理業務にも従事するようになりました。
M社の賃金規程において、女性従業員の年齢級を30歳までとし、男性従業員と異なる定めをしていました。
Aさんは、この扱いは不当な男女差別であり、労働基準法違反に当たるとして、平成11年6月に労働基準監督署に申告しました。
これを受けて、労働基準監督署はM社に対して「賃金規程中の当該規定を改定すること」及び「差別を受けたAさん他1名につき、過去2年間遡及して賃金の是正をすること」を骨子とする是正勧告がなされました。
M社は、2年間の遡及的是正については、財政状況から無理だとして、Aさん他1名に対して請求権を放棄するよう要請しました。
Aさんは、請求権の放棄を当初了解していませんでしたが、同年10月12日にM社の代表から説得を受け、最終的には受け入れました。
同年10月16日、M社はAさんを事務センターにおける事務管理業務からはずし、2トン貨物自動車の乗務員の業務だけに従事させました。
また、平成11年1月中旬頃から17日間、2トン貨物自動車の乗務員として、午後6時から翌日午前2時までの深夜業務に従事させました。
その後は第2係にて、商品仕訳や運転業務に従事していましたが、平成14年8月1日、M社はAさんにを第1係に配置転換することを告知しました。
Aさんは、第1係が午後6時から午前3時までの深夜勤務を常態とすることから、配転命令に従うことを拒否する旨を会社に通知しました。
するとM社は、Aさんに対し、平成14年8月3日付「懲戒解雇通知」により、就業規則第38条2号、4号、11号、13号に違反したことを理由に、同年9月2日付をもって懲戒解雇処分をなす旨を通知しました。
※M社就業規則第38条
従業員が次の各号の一に該当するときは、懲戒解雇処分を行う。ただし、情状によっては、出勤停止もしくは減給処分にとどめることがある。
(2)本規定にしばしば違反したとき ・ ・
(4)故意に業務の能率を阻害し、または業務の遂行を妨げたとき ・ ・
(11)業務上の指揮命令に違反したとき ・ ・
(13)服務規律に違反した場合であって、改善の見込がなく、その事実が重大なとき ・ ・
AさんとM社は、争うことになりました。双方の言い分は以下の通りです。
配転命令の権限の有無
■M社の主張
当社の業務は、年中無休、24時間体制で食品をメーカーから集荷し、スーパーマーケットやコンビニエンスストアのセンターなどに配送することで、集荷先や配送先及び扱う食品も多様であって、運搬車種、作業内容、作業時間も多様であり、取引先の都合により変更されることも多いです。
そのため、従業員の労働条件は多様なものとなり、業務の必要上変更されることもあるため、従業員の勤務時間や勤務場所等は必要に応じてその都度従業員に指示する慣行となっており、Aさんが正社員となった後も、昼勤から夜勤へ、夜勤から昼勤への変更が6・7人に対してなされています。
また、当社は従業員の入社時等に配置転換がありえることを説明しており、当社と従業員との間には配転命令についての包括的合意が存在します。
■Aさんの主張
就業規則には、会社に配転命令の権限を認める規定はありませんし、私と会社の間で配置転換に関する合意をして労働契約を結んだという事実や、必要に応じて随時配置転換をするという慣行もなく、配置転換はその都度個別に従業員の同意を得て行われていたにすぎません。
労働契約の内容に深夜勤務が含まれるか
■M社の主張
Aさんが当社の正社員に登用された平成9年1月当時の就業規則においては、女性従業員は午後10時から午前5時までの深夜勤務が禁止されていましたが、平成11年4月1日の改定により、女性従業員も深夜勤務ができるようになりました。
この就業規則の改定は、労働基準法の改正を受けてなされたもので、これにより当社とAさんの労働契約の内容が変更されて、深夜勤務も労働契約の内容になりました。
平成11年10月に、当社の代表は、Aさんに対して深夜勤務への配置転換があることを告げましたが、Aさんから異議の申出はなかったですし、現にAさんを平成12年1月中旬から17日間深夜勤務に従事させましたが、このときもAさんから深夜勤務を拒絶する申し出はありませんでした。
■Aさんの主張
会社と私との労働契約は、女性従業員に対する深夜労働が禁止されていた時期に締結されたものであって、私に対する深夜勤務への配転命令が認められる根拠はありません。
なお会社は、就業規則の変更により、私との労働契約の内容も変更されたと主張していますが、その変更は労働基準法の改正があっても、個別の労働契約上の合意があって初めて女性従業員を深夜時間帯に就業させることができるのであり、自動的に従来の個別の労働契約の内容が変更されるわけではありません。
配転命令の目的
■M社の主張
平成11年10月16日に、Aさんを事務管理業務から乗務員の業務に配置転換したのは、Aさんが本部長室に勝手に立ち入り、無断で文書をコピーしたため、他の機密文書も無断でコピーする恐れがあったためです。
また、Aさんを平成12年1月中旬から17日間深夜勤務に従事させたのは、新しく始まった2トン貨物自動車による配送業務を、2トン貨物自動車しか運転できない正社員であるAさんに行わせるのが適切であったためです。
平成14年7月に、AさんがE副部長に対し、事務所内での喫煙が多いことについて配慮を要請したことがありますが、E副部長にとっては記憶に残らない程度の会話であったようですし、そもそもE副部長自身喫煙せず、喫煙マナーを守って欲しいと思っている方ですから、このことは配転命令とは無関係です。
■Aさんの主張
この配転命令は、平成14年7月初めころ、事務所内の喫煙について、私がE副部長に提言したことを契機とするもので、会社が女性従業員の年齢給の問題について労働基準監督署に申告した者の調査をしたときから続く、私に対する差別的人事の一環であり、私を退職に追い込むために行われた不当な人事です。
懲戒解雇事由
■M社の主張
Aさんは配転命令に従わなかった他、次の行為が懲戒解雇事由に該当します。
・Aさんは仕訳作業をせずに一人だけ座って見ているなど、勤務態度が不良であり、協調性の欠如により同僚との人間関係もうまくいっておらず、上司が注意しても改善されなかった。
・Aさんは伝票関係の再確認を忘れるなど、会社の指示した基本的な作業手順を自ら守らず、同作業手順をパート従業員にも徹底しないため、ピッキングミスや商品の出し忘れなどのミスを繰り返した。
・Aさんは、休憩時間と就業時間の区別をつけず、上司の許可なく休憩をとることが何度もあり、また休憩の申告を偽ることもあり、上司が注意しても改善しなかった。
・Aさんは、サイドブレーキを引き忘れ、貨物自動車を電柱に衝突させたのを始めとして、短期間のうちに重ねて注意散漫による事故を起こした。
・Aさんの勤務態度が不良であるため、取引先から多数のクレームを受けた。
■Aさんの主張
会社は、懲戒解雇事由として、配転命令に従わなかったことに加え、職務怠慢、協調性の欠如等を主張していますが、これらの解雇事由は付け足しに過ぎませんし、会社が主張する過誤等は、会社の従業員一般に日常見られることであるのに、私にだけ認められることのように主張しているに過ぎません。
会社は、平成13年4月2日付で文書を掲示し、従業員に対し事故やクレームが多く会社が存亡の危機にある旨を訴えており、事故やクレームは従業員一般の問題でした。
会社の主張する私の非違行為は、全て平成11年10月以降のものであって、これは会社が私に年齢給の遡及的是正にかかる請求権の放棄を強要した時期と一致します。
この時期に私の勤務態度が急変し、不良になったとは考えがたく、むしろ会社の私に対する態度や処遇が急変したと考えるのが合理的です。
さて、この訴えの結末は...
労働者側の勝ち:配転は業務上必要なく、不当な動機・目的による
【主 旨】
特段の事情がない場合には、使用者は配転命令をなす権限を持っている
労働者は労働力の使用を包括的に使用者に委ね、使用者は労働力の包括的な処分権を取得するので、労働契約において、元々労働条件が限定されていない限り、使用者は労働の種類・態様・場所等を特定して労働者に命じることができ、またこれらを変更する権限を有するものとするのが相当である。
今件については、深夜勤務の部分を除き、労働条件を限定する合意がなされていたとは認められないので、M社は従業員との包括的合意に基づき配転命令をなす権限を有していると認められる。
もっとも、業務上の必要性がないときや、その配転命令が他の不当な動機・目的によってなされたとき、もしくは労働者に対して社会通念上甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき等、特段の事情がある場合には、権利の濫用として無効となる。
就業規則の変更により、労働契約の内容が当然に変更されたとは認められない
深夜勤務を可能にすることは、女性労働者の就労の機会を広げることで有利な面はある一方、深夜勤務が女性労働者の健康や生活に過大な負担を課する可能性がある。
また、平成11年4月1日の就業規則の改定は、単に女性従業員について深夜勤務の禁止の規定を削除したのに過ぎない。
これらを考慮すると、就業規則の改定は、それ以前に正社員となった女性従業員の労働条件を変更するものではなく、任意の同意の下に深夜勤務に従事させることを可能にしただけだと解釈される。
配転命令は制裁目的だと推測できる
Aさんは、平成10年1月31日に、2年間連続無事故であったとして表彰されるなど平穏に勤務していた。
ところがM社は、平成11年6月、男性従業員の年齢給が40歳まで上がるのに、女性従業員の年齢給は30歳までしか上がらないと定めているのが、不当な男女差別であり、労働基準法違反であるとして、労働基準監督署から是正勧告を受けた。
Aさんは、会社の面談において、労働基準監督署に申告したのはAさんではないかと質問をされたときに、肯定も否定もしなかったこと、Aさんが是正勧告に基づく2年間の遡及的是正に当初応じなかったためM社はその旨の是正報告をなしたこと、そのころからM社の役員や幹部従業員はAさんに厳しい態度を取るようになったことが認められる。
また、平成14年7月8日、AさんがE副部長と賞与に関し面談した際、職場内での他の従業員の喫煙につき配慮して欲しいと申し入れたところ「そういうことを言う人は、夜勤に行ってもらうか、辞めてもらうか、どちらかしかないな。」と言い放ったことが認められる。
これらの事実に照らし合わせると、配転命令は、労働基準監督署に内部告発したり、権利主張をしたりするAさんを疎ましく感じ、制裁を課する動機・目的による人事であったと推測することができる。
以上によれば、配転命令はAさんを深夜勤務に従事させないとの勤務時間限定の合意に反する点で無効であるし、そうでないとしても、業務上の必要性がなく、不当な動機・目的でなされ、かつAさんに社会通念上甘受すべき程度を著しく超える不利益を課するものであるから、無効であるというべきである。
(参考判例)
マンナ運輸事件
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