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新規則導入時の降級と減給


新規則導入時に、同意書を取得した上で等級の格付け変更と賃金減額を実施した。

※本事例は、判例等をもとに脚色して作成しています。法知識が正確に伝わるようできる限り努力していますが、実際の事件にはさまざまな要素が複雑に絡んできます。同様の判断が類似の案件に必ず下されるとは限りませんので、ご注意下さい。

事件の経緯

Xさんは、工事機械の製造販売を主たる業務とする、I社に勤めている女性従業員です。

I社は、平成11年10月7日付で「給与制度改定について」と題する通達を出しました。

この通達は、「給与規程を同年11月分から変更すること、変更にあたり従業員一人ひとりの給与水準について職責や職務遂行能力・実績・意欲などを総合的に再評価して、新給与テーブルに位置づけること等が記載されていました。

Xさんを含めI社の従業員は、同年10月13日までに「10月7日付通達の内容を理解し、これに基づく新給与制度を平成11年11月より実施することに同意いたします。」との同意書に署名捺印して、会社に提出しました。

しかしAさんは、11月10日に届いた給与辞令を見て、目をみはってしまいました。

資格の格付けが下がり、なおかつ賃金の合計が11万2300円も、減額になっていたのです!

Xさんは、こんな幅な不利益変更には同意していないので、新規則の導入は無効であるとし、また新制度の導入後はもちろん、導入前においても、資格等級格付けにおいて、女性であるが故に不利益扱いを受けたとし、会社を訴えることにしました。

 

Xさんの主張

私は、平成2年6月1日付で主事に格付けられ課長代理となった当時、生産本部生産本部室で、会社の経営計画の策定にかかわる報告書の作成、諸会議の開催・運営、原価・納入品等の管理にかかわる一切の業務について、実質的な責任者として業務を遂行してきました。

その後、生産本部生産室に配属された数年後には、参事の資格要件として会社が定めた「執行方針に基づき命ぜられた業務分野についての全般的な計画を立案し推進する能力を備えた者」として職務を執行してきたのであり、遅くとも平成9年12月1日に建機営業本部に配属された時点では参事として格付けされるべきであったにもかかわらず、会社は私が女性であるという理由で、不合理な差別をして、私を参事に昇格させませんでした。

また会社は、旧規則の資格制度について年功的な運用をしていて、男性従業員であれば、勤続年数に照らし昇格が相当と考えられる者については、実際はB評価であったとしても、調整段階でA評価に変更して昇格させていました。

ところが女性従業員であれば、実際はA評価であるのに調整段階でB評価に落とし、昇格から排除していました。

私は、主事昇格以降、貢献度評価においてA(現有資格のレベルを十分満たしている)ないしB(現有資格のレベルは概ね満たしている)と評価されていましたし、B評価を受けた場合も限りなくAに近いBであり、第一次評価者のYさんが私を参事に推薦しようとしたときは、二次評価者である常務取締役が「女性であり、前例がない」との理由で反対し、その後Yさんは、役員レベルで反発が必至であることから、私を参事の推薦対象から除外しました。

I社の主張

Xさんは、生産部門担当役員の単なる事務的補助業務を行っていたに過ぎず、参事に推薦されるために必要な積極性に欠けていると評価されていて、その仕事振りもXさんが自分で評価するようなものではありませんでした。

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Xさんの評価は毎年Bであり、参事昇格の必要条件であるA評価及び上司の推薦を得ることができなかったから昇格しなかったのであり、性別を理由とする差別ではありません。

なお、昇格の基準として求めているのは、貢献度評価ではなく、能力評価におけるA評価です。

 

Xさんの主張

新規則への変更は、私の月額賃金が11万円余りも減額になったことでも明らかなとおり、従業員にとって重大な不利益変更です。

また、私を含めた従業員が、同意書に署名捺印をして同意したのは、賃金制度を変更することとその趣旨についてであって、会社に降格を含む格付け変更権を与えることや、会社がした格付けそのものについて同意したわけではありません。

新規則による格付け変更権については、その評価基準や評価要素について、新賃金について通知されるまで何も説明がありませんでしたから、同意書へ署名捺印したことが、降格を含む格付け変更権についての合意をしたということを示していないのは明らかです。

I社の主張

新規則は不利益変更ではなく、例え不利益変更であるとしても、同意書によりXさんを含む全従業員の同意を得ており、新規則は会社に適用されます。

会社は、新規則の実施に先立って従業員に対して、変更によって賃金が上昇する者、減少する者の両方が発生することを含めてその内容を十分に説明した上、平成11年10月に全従業員の同意を得ていることから、不利益変更であっても有効です。

 

Xさんの主張

私は、重要度の高い債権管理業務を、直接の上司であったF課長からの指示点検を受けることなく処理してきました。また、主事昇格以降、貢献度評価においてAないしBと評価されていましたし、参事に推薦されたこともありました。

私の一般職等級評価書の記載は、事実に反するか、生産管理事務に対する無知によるもので、間違っています。

しかも記載者であるF課長は、一般職等級評価書が格付けの基礎資料であることも知らず、作成方法について何ら説明を受けることもなかったのであり、それ故極めて恣意的な記載になったものではないでしょうか?

I社の主張

会社には人事権があり、人事権に基づく賃金の決定について裁量権があります。新規則を実施することには従業員の同意を得ており、会社が新規則に基づき格付けを行うことは、評価について特段の規定がない限り、又は著しく信義に反する事情がある場合を除き、許されます。

新規則での格付けは、旧規則における評価とは異なり、「会社への貢献度に応じた処遇」を基準として評価を行うものです。Xさんの上司であるF課長が作成した一般職等級評価書によると、Xさんはベテランでありながら仕事振りはマンネリの傾向にあり、広い視野に基づく柔軟な思考で積極的な意見具申をすることがないとの評価であり、C評価であってもいいくらいです。

この評価は、公平かつ客観的になされたものであり、人事権の濫用も、女性であるが故の不利益取扱もなく、能力評価を参考として、業績に貢献が期待できるかどうかという観点で決定されています。

Xさんは、危機的経営状況の下で、在職してもらわなくては困るというものがなく、派遣社員でも補充が十分可能な貢献度であったということです。

さて、この訴えの結末は...

労使とも1勝1敗:女性差別はないが、降格・減給は権利濫用

【主旨】

旧規則による処遇が女性差別的であるとは認められない

男女間に昇格格差があったとしても、それが個々人の能力、成果、責任、職務内容等の違いによるときは、女性であるが故の不利益取扱いとはいえないから、違法とはいえない。

つまり、Xさんを参事に昇格させないことが、女性であるが故の不利益取扱いであるというためには、Xさんが参事としての資格要件を満たし、会社が実施していた資格制度において参事資格者と能力において均質であると認められることが最低限必要である。

また、もし会社の資格制度が、一定の滞留年数を経過することにより昇格させる等との年功的な運用がなされていた場合には、一定の滞留年数を経過したにもかかわらず女性従業員が昇格していないことは、会社側が立証をしない限り、女性であることを理由とした不利益取扱いが行われていると受け止められる。

資料によると、I社の場合は、主事から参事への昇格において一定の滞留年数により昇格させる年功的な運用がされていたとは認めることができない。

またI社では、主事から参事に昇格するためには、能力考課の総合評価において、5段階評価のうち「現有資格のレベルを十分満たしている」とするA評価を取得する必要があったこと、考課者による推薦が必要であったことが認められる。

しかしXさんは、主事に昇格してからの能力考課において、総合評価は毎年Bとされ、考課者からの推薦も得られなかった。

そうすると、Xさんは参事昇格のための条件を満たしていたとは言えない。

Xさんの上司であったYさんが、平成7年にXさんを参事に推薦しようとしたが、もう一人の調整者の反対でやめたことは認められる。しかしながら、調整者は各部門で上がってきた第二次評価までの意見について、部門ごとのばらつきを調整するために存在するのであるから、Xさんが長年Yさんの直属の部下であったこと、一般的にこのような関係にある部下に対する評価は甘くなりがちであることに照らしても、調整者が調整を行ったことを理由に、それが女性差別であると認めることはできない。

Xさんは、新規則に同意したものと認められる

新規則は、実施に伴い新資格への格付けを伴うものであり、10月7日付け通達にあるとおり、新資格への格付けは賃金減額を伴う場合があるから、従業員にとって就業規則を不利益に変更するものであると言える。したがって、新規則を適用するためには、従業員が同意をするか、新規則が法的規範性を有するか、どちらかが必要となる。

このケースでは、Xさんは、新規則の概要と改正点について10月7日付け通達で知らされた上、これに同意したものであるから、新規則の法的規範性の有無について検討するまでもなく、新規則の適用を受けるべきである。

また、Xさんは「賃金制度変更の趣旨については同意したが、新賃金について通知されるまで、その評価基準や評価要素について何らの説明もなかったから、降格を含む格付け変更権について合意したわけではない。」と主張している。

しかし、10月7日付け通達には、I社が新規則における資格への格付けを従業員に対し行うこと、格付けによって賃金減額があり得ること、賃金減額された場合の緩衝措置として調整金が支払われること、その金額、その支給時期についても明記されているから、これに基づき作成された同意書は、新規則の実施のみならず、新規則をXさんに適用するための格付け権限をI社が行使することについて同意したものというべきである。

Xさんへの降格及び賃金減額処分は権利の濫用となる

新規則における資格制度は、資格要件が明示されていないが、従業員の職務遂行能力を位置づけ、これに応じた処遇を行う制度であるから、職能資格制度を採用したといって良いだろう。

職能資格制度において、労働者に対する人事評価を行い、その評価に従って資格等級、号俸を格付けることは、使用者の総合的裁量的判断としての人事権の行使であり、就業規則や労働契約に根拠がある限り原則として自由であり、権利の濫用や、女性であることによる差別であると認められる場合のみに、無効となる。

10月7日付け通達によれば、新規則を導入することや、資格と賃金を連動させる賃金テーブルを導入すること、年齢、福利厚生は考慮せず、貢献度により処遇を決める旨の記載があるが、旧規則において実施されてきた昇格のための考課(能力考課)を変更するか否か、どのように変更するのかについて何ら具体的記述はない。

この通達以外に新規則について、Xさんに説明がなかったことからすれば、旧規則における能力考課の方法を大きく逸脱するような降格権限をI社に与えたとは解釈できない。

そしてXさんは、旧規則における能力考課において、主事として「現有資格のレベルは概ね満足できる」とのB評価をずっと受けていた。

ところが新規則においては、今までの評価とは著しく異なる結果となり、しかもその理由について上位の考課者が何らの検討もしていないにもかかわらず、旧規則による支給額の約30%、金額にして約11万円もの減額がなされることは、人の能力について様々な意見があり得ることを考慮するとしても、旧規則における能力考課の方法を著しく逸脱している。

したがって、新規則による格付けは、労働契約上付与された降格権限を大幅に超えるものとして合理性を欠き、社会通念上許容しがた
いから、権利の濫用であり、無効である。

 

(参考判例)

イセキ開発工機(賃金減額)事件

 

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