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無効な解雇と損害賠償


解雇の無効が確定した後、さらに解雇処分そのものが故意または重大な過失による不法行為だとし、損害賠償を請求した。

※本事例は、判例等をもとに脚色して作成しています。法知識が正確に伝わるようできる限り努力していますが、実際の事件にはさまざまな要素が複雑に絡んできます。同様の判断が類似の案件に必ず下されるとは限りませんので、ご注意下さい。

事件の経緯

株式会社Sテレビに勤めているAさんは、会社から解雇されました。

しかしながらAさんは、解雇が無効であると主張して訴訟を起こしたところ、労働契約上の地位を有することを確認し、未払賃金の請求を認める判決を受けました。

Aさんはさらに、この解雇について、その理由とされた就業規則違反の事実が認められず、さらに平等性、相当性及び適正手続を欠いている違法な処分であり、故意または重大な過失による不法行為を構成するとし、損害賠償の請求を起こしました。

両者の言い分は、以下の通りです。

Aさんの主張

会社が懲戒事由としてあげている事実は、

(1) 販売促進目的で、スポンサーを招待する旅行を企画したが、現地での不都合があったために、旅行を取りやめた。その際、旅行代理店から9名分54万円相当の旅行クーポン券を受け取ったが、そのうち3名分18万円相当の旅行クーポン券をスポンサーに渡さず現金化し、この金員を会計年度中に会社に返還せず、その処理を会社に報告しなかったこと。

(2) 販売促進目的で、スポンサーを招待する沖縄ゴルフツアーを企画したが、このツアーに参加できなくなったスポンサー2名を川奈のゴルフ場に招待するので50万円必要である旨を会社及び旅行代理店に申し出、会社が旅行代理店に代金を入金した後、旅行代理店から現金50万円を受領し、これをスポンサーに交付したこと。

(3) 沖縄ゴルフツアー中、某招待客に対し、「こういうゴルフ旅行につれてきてやっているのだから、しっかり出稿してもらわないと困る」と発言し、その招待客に不快感と屈辱感を与えたこと。

の3点です。

しかし、実際は以下のとおりであり、懲戒事由となるような事実はなく、そのことは会社にも容易に判断できたはずです。

(1) 旅行クーポン券を現金化し、会計年度内に処理できなかったことは確かだが、3名のスポンサーにクーポン券を交付しなかったのはB取締役の判断であり、私はB取締役からこれを販売促進用に利用するよう指示され、社内の私の机の引き出しの中に他の金員と区別して保管しておいたところ、その後のB取締役の転勤、事務所の移転や社内の混乱等によって、この金員の存在を失念していたに過ぎない。

(2) 沖縄ゴルフツアーに参加できなくなったスポンサー2名分の費用に当たる現金50万円を、そのスポンサーに支払ったのは確かだが、これは営業販売促進費として交付したので、何か問題のある行動をとったわけではない。

(3) このような発言をしたことはない。

また、当社は開局以来約20年の歴史の中で、懲戒解雇処分が行われたことはなく、過去の事例と比較しても極めて重い恣意的な処分であり、合理性に欠けています。

しかも、解雇事由についての告知聴聞の機会が1回しかなく、上司のB取締役に対しても短時間の事情聴取が2回行われただけで、適正な手続を踏んだとは言えません。

これらを考え合わせると、以前明らかになった内部告発について、私が犯人であると考え、私を社外に追放する手段として、形式的な懲戒事由を捏造して行った故意による不法行為であるか、私には解雇に値する事由がないことを知り得たにもかかわらず、重大な過失によってこれを誤認して行った不法行為であるかのいずれかであって、会社は私に生じた損害を賠償する責任があります。

解雇当時の私は、妻、大学生の長女、大学受験を間近に控えた長男、多感な中学生の次男及び年老いた両親を抱えており、解雇された後復職するまでの約2年半に渡り、違法な解雇という屈辱、世間からの視線、家族との葛藤、生活不安、家族の受ける精神的な打撃、自己及び家族の将来への不安等が相まって、耐え難い精神的・肉体的な苦痛を受けました。

この苦痛に対する慰謝料は、少なくとも1,000万円を下回ることはありません。

会社側の主張

解雇が無効であることは、既に判決で確定していますが、だからといって当然に損害賠償義務があるわけでなく、解雇が不法行為に該当するかどうかは、個別の事例ごとに不法行為の要件(故意、過失、違法性、損害の発生及び因果関係)を満たすかどうかを検討のうえ判断するべきものです。

まずAさんには懲戒事由としての就業規則違反が存在するので、懲戒事由がないにも関わらず故意又は過失により懲戒処分をしたわけではありません。

例え懲戒処分の程度を誤ったとしても、そのことで過失があるとまでは言えないはずです。

それに、私どもは解雇に先立ってAさん及びB取締役から事情を聴取しているので、手続上問題はありません。

また、当社において過去懲戒解雇の事例がないことは事実ですが、実際には懲戒解雇処分相当の事例で本人の申出によって依願退職しているケースが3件あります。

懲戒事由とした個別の案件については、以下の通りです。

(1) スポンサーに対して、旅行クーポン券を進呈することは会社が決定したことであり、A取締役の指示だとしてもそれを勝手に流用することは許されない。そして10万円以上の資産の処分や支出に関しては稟議決裁が必要とされているのに、その手続をとらず独断で現金化している。

(2) Aさんは、あたかもB取締役がこのゴルフに同行し、かつ旅行代理店から50万円を拠出させることを承諾したかのごとく虚偽の説明をしている。しかしながら、川名ゴルフ場は予約さえされず、招待者の一人はこの企画自体知らされていない。

(3) 沖縄ゴルフツアーにおける暴言は、同行した社員が目撃している上、当社の浜松市局長が謝罪に出向いていることからも明らかである。

なお、当社はAさんの復職を含めて十分な原状回復措置をとっており、これによりAさんの損害は回復されています。

また、Aさんは解雇されてから復職するまでの間の生活不安等を訴えていますが、賃金相当額の仮払いを受けていた上、別会社を設立して月額30万円の役員報酬も得ていました。

さて、この訴えの結末は...

会社側の勝ち:就業規則違反に該当し会社に過失はない

【主 旨】

懲戒解雇が無効だからといって、その懲戒処分が直ちに不法行為とはならない

懲戒解雇が権利の濫用として無効となるのは、その懲戒権の行使が、客観的合理性に欠き、社会通念上相当と認められない場合である。

しかしながら、権利濫用の法理は、解雇の正当性を失わせるものであって、懲戒解雇が権利の濫用とされた場合であっても、そのことで直ちに懲戒解雇によって他人の権利を侵害したと言うことはできず、懲戒解雇が不法行為に該当するかどうかについては、個々の事例ごとに不法行為の要件を充足するかどうかを、個別的具体的に検討の上判断するべきものである。

懲戒解雇そのものが不法行為として、損害賠償責任が生じる要件

労働者に対する懲戒は、会社が、「行為の非違性の程度」「企業に与えた損害の有無・程度」等を総合的に判断するものであって、どのような懲戒処分を行うかは、会社の裁量に委ねられている。

一方、懲戒解雇は労働者の生活に多大な影響を及ぼすことから、特に慎重にすべきこととされている。

これらを考え合わせると、

・懲戒解雇すべき非違行為が存在しないことを知りながら、あえて懲戒解雇をしたような場合

・通常期待される方法で調査すれば懲戒解雇すべき事由のないことが容易に判明したのに、ずさんな調査、弁明の不聴取等によって非違事実を誤認し、その誤認に基づいて懲戒解雇をしたような場合

・懲戒処分の相当性の判断において明白かつ重大な誤りがあると言えるような場合

等に該当する必要があり、このような事実関係が認められて初めて、懲戒解雇の効力が否定されるだけでなく、不法行為に該当する行為として損害賠償責任が生じるといえる。

懲戒事由(1)について

旅行クーポン券については、受領を辞退するスポンサーもいたため、B取締役はこれを販売促進のために利用しようと考え、Aさんに対し適宜利用するよう指示し、その処理を任せた。

B取締役としては、Aさんに処理を任せた時点で具体的な利用方法を考えていたわけではなく、Aさんに一任するつもりでおり、旅行クーポン券を換金することについても特に否定する考えはなかった。

株式会社Sテレビにおいては、10万円以上の接待交際費の支出、1件当たりの取得価格が10万円以上の資産の処分は稟議事項とされていることが認められ、旅行クーポン券が利用されないことが決まったら、すみやかに会社に返還すべきであり、これを勝手に現金化したり他の費用に流用したりすることは許されない。

稟議制度が1人による独断専行を防止し、複数の者の意見や批判を経て合理的な判断と実行を行う目的で設けられていることを考えれば、たとえ旅行クーポン券を流用することがB取締役の判断であっても、一存で流用することを許可する内規でもない限り許されないことになる。

そうすると、クーポン券の処理については指示を仰ぐべきであり、それを怠ったAさんの行為は就業規則上の懲戒事由「職務上の義務に違反し、または職務を怠ったとき」「社員としてふさわしくない行為のあったとき」「懲戒に該当する行為につき故意に報告を怠ったり、その事実を隠蔽したりしたとき」に該当する。

Aさんは一存でクーポン券を換金し、その保管状況も第三者の目からは不明瞭であるとの批判を免れないものであることを考え合わせると、Aさんの就業規則違反は軽視できない非違行為であると言える。

懲戒事由(2)について

Aさんが旅行代理店からクーポン券で払い戻しを受けたり、これを支出及び使途が不明朗になりがちな現金に変えたりすることは、そもそもAさんにはゆるされておらず、B取締役も承認していなかった不正な処理であり、そのような処理をする必要性も合理性もなかったと言える。

株式会社Sテレビの開局以来のつながりの深いスポンサーだったので、Aさんが特別の判断をしたと思われ、実害もないので重大な非違行為に該当しないとB取締役は証言しているが、これが緊急に処理しなければならない案件であったとは到底認められないから、Aさんが独断専行する必要性や合理性はなく、かえって支出及び使途が不明朗になりがちな現金交付による接待を許容するときの弊害を考えれば、Aさんの行為の非違性はむしろ高いと言うべきである。

したがって、上記(1)と同様、Aさんの行為は就業規則の懲戒事由に該当する。

懲戒事由(3)について

Aさんがその職責上から、沖縄ゴルフツアーの宴席でCMの出稿を依頼したことは十分考えられることだが、Aさんの性格もあって、多少くだけた態度で直接的な表現をした可能性はあるものの、宴席での発言であり、出席したスポンサーも不快な思いをしていないとの証言があるため、これらを「暴言」とすることはできず、取り立てて懲戒事由とするほどのものではない。

会社が調査をすることなく解雇をしたとは言えない

株式会社SテレビのC取締役は、Aさんに関する旅行クーポン券の情報を耳にし、スポンサーに授受の事実確認をした結果クーポン券を交付していないことが判明したため、こうした事前調査を踏まえAさん及びB取締役から事情を聴いた旨の証言をしている。

調査の時期や詳細は明確ではないが、会社がAさん及びB取締役から事情を聴取していることは当事者間に争いがないので、少なくともそれより相当期間前から調査が開始されたことが合理的に推測できる。

したがって、会社がAさんに対する調査をすることなく解雇をしたとはいえないし、Aさんに就業規則違反の事実が認められる。

総合的に勘案すると、会社に過失があるとは言えない

仮に会社がAさんを内部告発者と疑っていたと言えるにしても、上記のように認定されたAさんの非違行為があくまで建前で、実は内部告発者放逐の手段としてAさんに対する解雇を行ったと認定するには根拠が薄弱と言わざるを得ない。

そして、この解雇がAさん及び関係者に対する事情聴取等を経た上で行われていること、Aさんに就業規則違反の事実が認められ、これらが取るに足らない違反であるとも言えないこと、会社における過去の依願退職事例と比較して、解雇の相当性の判断において明白かつ重大な誤りがあるとすることはできず、会社に過失を認めることはできない。

 

(参考判例)

静岡第一テレビ(損害賠償)事件

 

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