社会保険労務士法人 HMパートナーズ

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機密漏洩


会社の重要な機密を漏洩したので、懲戒解雇にして退職金も不支給とした。

※本事例は、判例等をもとに脚色して作成しています。法知識が正確に伝わるようできる限り努力していますが、実際の事件にはさまざまな要素が複雑に絡んできます。同様の判断が類似の案件に必ず下されるとは限りませんので、ご注意下さい。

事件の経緯

N社は、ホーム&パーソナルケア商品等の製造及び販売を業としており、世界約80カ国に営業会社を持つU社の日本法人です。

労働者Aは、N社ヘア・ケア・カテゴリーのコンシューマ・リサーチ・マネージャーであり、コンシューマリサーチの方法の提案・実施および予算管理を担当していました。

具体的な業務は、社内で承認を受けた調査実施計画書に基づいて調査会社に調査を実施させ、その結果をマーケティング部門及び開発部門に報告するというものです。

Aの部署では、ここ数年人員を減らされていたため、Aは残業することが多く、次第に会社に対して不満を抱くようになり、以前から面識のあった同業他社のBに、転職の相談をするようになりました。

その後BはN社と競合するR社に転職しましたが、AはBに対して、N社の不満を洩らしたり、早く転職先を紹介して欲しい旨催促するのみならず、この時期N社が次の主力商品として開発を検討していた透明石鹸につき、調査会社から入手したサンプルを送りもしていました。

さらにBのリクエストに応じ、「量産すればコストは下がるのか。」「色はつけられるのか。例えば淡いレインボーカラーは可能か。」などという、サンプルに関する調査事項をメールで送ることさえもしました。

そのような行為が功を奏したのかわかりませんが、AはBの手引きで、そのR社の副社長と面接を受けました。

Aは、Bから「うまくいったようですね」といった内容のメールを受け取り、その面接が成功であったことを、すぐに知ることになります。

その直後N社では、親会社U社と合同の重要な開発会議、P会議が開催されることになっていました。

本来同時期に、他の会議に出席することになっていたAは、欠員が出たこともあって、希望してP会議に出席しました。

P会議の議題は2つ、日本市場そのものの詳細な分析、およびN社の主力製品の今後数年間にわたる開発計画の協議、立案、ならびにそれに適用される数々の技術・アイディアの評価・検討でした。

P会議では、N社が作成した資料のほか、U社の研究所本部作成の資料も提示され、Aはこれらの資料をすべて入手しました。

もちろん、これらの資料に記載されていたデータの共有範囲は、会議出席者に限定されており、N社の従業員であれば誰でも知ることができるというものではなく、N社にとってトップシークレットの扱いとなっていました。

P会議から帰ったAは、R社の採用通知を受け取り、すぐさまN社の人事部に選択定年制による退職の申し出をしました。

Aの上司は、Aの退職届が提出されていることを聞き、思いとどまるよう説得しましたが、Aは「アシスタントがいなくなって事務作業が増えた。私は事務員ではない。このままでは将来に希望が持てない。」などと言い張り、退職の意思は変わらないことを強行に主張しました。

その後、Aの転職先がR社であることを知り、Aの上司は血相を変え、Aには直ちに私物を撤去して会社から立ち去るよう告げました。

その後Aは「私は意図して機密を知ろうとしたわけではありません。」などと電子メールで回答するのみで、P会議の資料も返還しません。

一方N社は、自社のサーバーを閉鎖し、データをすべて保存して調査したところ、AとBとの間にやりとりがあったこと、またAがそれらのメールを削除して、隠蔽を図っていたことが発覚しました。

N社は、Aを懲戒解雇処分とするとともに、懲戒解雇を理由として退職金を不支給とすることを決定しました。

労働者Aの主張

外部との私的なメールのやりとりは服務規律違反に抵触しないから、秘密保持義務違反には当たりません。

P会議への出席は、上司が決定したもので、私は単に会社の指示に従い仕事上の責任を果たしただけです。

またP会議では重大な企業機密は議題に上がらなかったうえに、出席したときには転職先も決まっていませんでした。

そして、会議から帰ってきてはじめて内定を知り、退職届を出したのです。

この経緯から行っても、もともと機密を洩らす意図などありません。

企業機密はなく、機密を洩らしたことも洩らそうとしたこともないので、今件の懲戒解雇は解雇権の濫用であり、無効です。

さて、この訴えの結末は...

会社側の勝ち:懲戒解雇、退職金の不支給は有効

【主 旨】

透明石鹸のサンプルを渡しデータを知らせたことは、背信的な秘密漏洩行為

透明石鹸はN社が開発を検討していた石鹸であり、コスト、着色などは、商品としての基本的な重要データであり、事業の重大な秘密であると認められる。

Aはこれらのデータを伝えるとともに、サンプルを送っているのであり、これはBがR社に転職しても行われていることからすると、N社に対する背信的な秘密漏洩行為である。

この点Aは、個人的な興味でサンプルを渡したと供述しているが、わざわざ競合会社に自社の開発検討中の商品を渡すことは不合理である。

P会議への出席も、重要な機密データを外部に漏洩することが目的であったと推測するのが相当

P会議の資料が高い機密性を有していたことは言うまでもない。

そして、AはR社の副社長の面接を受け、Bからその成功を喜ぶメールを受け取り、しかもそのメールを事後に削除していたことから、R社の内定が決まった後にP会議へ出席したと言える。

しかも、すでに決まっていた別の会議へ出席をやめて、P会議への出席を選択したことは、自ら機密に積極的に近づいて入手したとみなされるし、Bとの接触状況からすれば(資料を渡したかどうかはともかく)AはN社の重要な機密データを外部に漏洩したと推測するのが当然である。

懲戒解雇は相当な処置

N社が開発を検討していた透明石鹸のサンプルに関する情報漏洩、機密性が高い事項を議題としたP会議への出席、同会議の資料持ち出し、データ漏洩は就業規則に定める次の懲戒解雇に該当する。

「本規則に違反し、会社の秩序を乱し、またはそのおそれのあったとき」

「事業の重大なある秘密を漏洩しまたは漏洩しようとしたことが明らかなとき」

また、懲戒権の行使は、客観的に合理的理由を欠き社会通念上相当として是認することができない場合に、初めて権利の濫用となるが、この場合は当たらない。

退職金の不支給も相当

退職金を不支給としないことが正当であるというためには、不支給事由である懲戒解雇が有効であるだけでは足りず、懲戒解雇に至った事由が長年の功労を否定しつくすだけの著しく重大なものでなければならないが、今件は背信性が極めて高いので、これに該当する。

(参考判例)

日本リーバ事件

 

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