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希望退職のうえ転籍し、賃金が減額


経営が悪化した企業が希望退職及び転籍を実施し、転籍先での賃金について、2年目以降は減額措置を取った。

※本事例は、判例等をもとに脚色して作成しています。法知識が正確に伝わるようできる限り努力していますが、実際の事件にはさまざまな要素が複雑に絡んできます。同様の判断が類似の案件に必ず下されるとは限りませんので、ご注意下さい。

事件の経緯

J社は、昭和24年設立の証券会社であり、東京証券取引所設立と同時に才取会員(同取引所で正会員間の売買をとりもつ仕事を行う証券会社)となりました。

しかしながら、平成11年に同取引所の取引方式が、立会場での売買からシステムによる売買に移行したため才取業務が縮小したため、J社は証券業から撤退せざるを得なくなりました。

存亡の危機を迎えたJ社は、従業員雇用の受皿として、ディーリング業務及び投資信託販売業務を行う100%子会社のB社を設立し、全従業員に対してB社への転籍・希望退職制度を発表しました。

その際、転籍先であるB社の就業規則等を配布し、以下の通り、転籍の条件を説明しました。

● 転籍後の給与《1年目》現行の給与額を保障《2年目以降》部長 本俸30万円(月額)+歩合給リーダー 本俸25万円(月額)+歩合給一般社員 本俸20万円(月額)+歩合給

● 転籍日平成13年4月1日

● 退職金通常退職金+転籍割増金(年収の1ないし4年分)+転籍支度金(基本給月額の4ないし10ヶ月分)

その結果、J社からB社へ40名ほどが転籍しました。

B社は、転籍した社員に対して、転籍直後にはJ社が支払っていたものと同額の賃金を支払いましたが、転籍2年目となる平成14年4月以降、賃金を減額しました。

これを受けて、B社の社員であるAさんらは、賃金減額には根拠がないとして、差額の支払を求めてB社を訴えることにしました。

 

従業員側の主張

転籍が経営者の地位の譲渡により行われる場合、譲渡された労働契約の内容は譲渡の前後で同一であり、転籍の際に労働条件を変更するためには、転籍自体の同意に加えて、労働条件の変更に対する労働者の同意が必要です。

しかしながら、私たちとJ社との間で2年目以降の賃金を減額するとの合意がなされた事実はなく、転籍後私たちとB社との間で、賃金額の水準自体を協議すべき事項としていたにすぎません。

賃金その他の労働条件は、「労働者と使用者が対等の立場において決定すべき」と労働基準法に定められていますし、転籍2年目以降の賃金額については労使交渉に委ねられるべきであって、労使交渉による合意がなされていない場合には、当然1年目の労働条件が継続するべきです。

なおB社は、転籍2年目以降の賃金額について、就業規則変更の手続を取っておらず、賃金減額措置としては無効です。

会社側の主張

Aさんらが当社で就労しているのは、平成13年4月1日以降、Aさんらと当社の間で新たな労働契約が締結されたからであって、当然にJ社在籍時の賃金額が当社での賃金額となるものではありません。

また、Aさんらと当社の間では、転籍後1年目の賃金額について、J社在籍時の額を保障するという合意がなされましたが、2年目以降についてはこのような合意はなく、当社が支払義務を負うのは、当社が転籍の条件として提示した月額20万円・25万円・30万円だけであり、それ以上の賃金請求権は、Aさんらと当社との間に合意がない以上発生していません。

むしろ当社は、Aさんらの転籍に先立って、転籍後2年目以降の賃金額が20万円・25万円・30万円になることが条件として提示されており、Aさんらはその内容を了解して転籍に応募したのであって、これは当社が提示した条件に同意したとみなされるはずです。

また当社は、転籍の申し込みを受けた後にも、Aさんらに対して本俸は月額20万円・25万円・30万円であって、1年目に限って特別にJ社在籍時の賃金額を保障する旨説明し、Aさんらはこれに対して意義を申し立てることなく1年間賃金を受領したのですから、2年目以降の本俸が月額20万円・25万円・30万円となることを追認したというべきです。

さて、この訴えの結末は...

会社側の勝ち:転籍前の賃金を保障する理由はない

【主 旨】

転籍は新労働契約の締結によりなされたとするのが相当

転籍の法的手段としては、「現労働契約の合意解約及び新労働契約の締結」という方法と、「労働契約上の使用者の地位の譲渡」という方法の2つがあるが、

1.J社が公表した転籍者優遇措置要綱や希望退職者優遇措置要綱に「退職日」との表記があり、その意味はJ社との労働契約の合意解約であると解するのが自然である。

2.もし、この転籍が使用者の地位の譲渡によるものであれば、J社の就業規則がB社の就業規則として承継されることになり、就業規則の変更についてはJ社労働組合の同意が必要であるところ、B社就業規則制定に先立って、J社労働組合との協議が行われた形跡はなく、転籍者個々人が提示された条件に同意する形式が取られ、J社労働組合もこれについて問題にしたことはうかがわれず、むしろ労働組合側からB社の就業規則の変更を求めている。

等といったことからすると、J社との労働契約の合意解約とB社との新労働契約の締結という方法が採られたと認めるのが相当である。

転籍2年目以降もJ社在籍時の賃金を保証する理由はない

Aさんらの主張は、AさんらとJ社との間の労働契約に基づく賃金請求と言わざるを得ず、上記の通りAさんらとJ社との間の労働契約は平成13年3月31日をもって合意解約され、B社によって継承されたものではないから、AさんらのB社における2年目以降の賃金請求の根拠とはなりえず、Aさんらの請求は理由がないことになる。

また、J社はJ社労働組合との交渉の中で、転籍後2年目以降の具体的な賃金額としては、一貫して20万円・25万円・30万円であるとだけ説明し、J社労働組合もそれを前提に賃金額の増額を請求していたのであり、J社が転籍2年目以降もJ社在籍時の賃金額を支払う旨の意思表示をしたという事実は存在しない。

 

(参考判例)

ブライト証券・実栄事件

 

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