社会保険労務士法人 HMパートナーズ
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営業譲渡と新人事制度の適用
所属している部門が営業譲渡された後、新会社の新人事制度が適用され降給となった。
※本事例は、判例等をもとに脚色して作成しています。法知識が正確に伝わるようできる限り努力していますが、実際の事件にはさまざまな要素が複雑に絡んできます。同様の判断が類似の案件に必ず下されるとは限りませんので、ご注意下さい。
事件の経緯
A社は、市場調査、広告効果測定業務、情報処理システムのソフトウェア開発を行う会社であり、平成11年8月31日、旧会社からリテール・インデックス・ビジネスについて営業譲渡を受けました。
そのため、旧会社の同部署の従業員は、A社の従業員として雇用されました。
そしてA社は、平成12年度から新たな人事制度を作成して、就業規則、給与規程等を改定するという方針を決定し、同年11月30日に就業規則、給与規程等を労働基準監督署に届出し、同年12月1日からこれを施行しました。
新人事制度のうち、基本給に関連する部分の内容は、以下のとおりです。
1.従業員をバンド1~6の6段階に位置付ける。そして、各バンドごとに従業員の基本給等の処遇、評価、教育等を有機的に結びつけて運用する。
2.基本給については、バンドごとに給与範囲を設定し、従業員の基本給を、各人のバンドに対応する枠内において管理するのを原則とする。
3.毎年4月1日に基本給の改定を行うが、その際給与規程別表のマトリックスの表に従って昇給、降給が分かるようにする。このマトリックスの表は、評価とバンド内部の給与範囲とを相関させて表示されており、評価が高ければ昇給の指数が高く、低ければ指数は低くなり、マイナスもありえる。
バンド内部の基本給の給与範囲が低い方が同じ評価でも昇給の指数が高くなり、マイナスの場合は高い給与範囲の位置にいれば、同じ評価でも降給の指数は高くなるというものである。
4.評価は半期(12月~5月と6月~11月)ごとに行う。評価の内容は、期首の段階で各人に設定した目標の達成度の評価である業績評価と、高い業績を上げるために各人に予め定めた行動(コンピタンシー)の発揮度の評価であるコンピタンシー評価を行う。
そして各人が属するバンドごとに2つの評価のウェイトを変え、上位のバンドの従業員には、業績のウェイトを高くする。この評価を従業員の処遇(昇給、昇格、賞与)に反映させる。
旧会社から引き続きA社に雇用されているXさんは、新人事制度に基づき基本給が降給の扱いとなり、これに不服としA社を訴えることにしました。
Xさんの主張
旧会社からA社に営業譲渡がなされたことにより、従業員たる地位は、その地位のままで当然にA社に移ったのであり、法律的には雇用者の変更を内容とする更改契約があったものと考えられます。
また、従業員の退職金が当然に承継されていること、年次有給休暇も旧会社からの日数計算が継続的に行われていること、永年勤続表彰で旧会社の在職年数が通算されていること等から、旧会社の労働契約上の地位が承継されていると考えられます。
従って、私に新人事制度が適用されるのは、不当であると考えます。
まして、新人事制度によるA社の評価が適正に行われているとは言い難いと思います。
私が労働組合員であることを理由に、降給の扱いを受けたとしか思えません。
A社の主張
営業譲渡後、旧会社の従業員は、旧会社に在籍しながら当社の業務を行うサービス契約をしていました。そして、平成12年12月1日、当社はXさんらとの間で新たな雇用契約を締結しました。
その証拠として当社は、同年11月24日に、Xさんを始めとする旧会社の従業員に対して、新人事制度に同意する趣旨の用紙を交付し、新人事制度とそれに伴う就業規則の資料を同月27日に交付しました。
Xさんは同月28日付けで、新人事制度と就業規則に同意してその遵守に努めるという趣旨の誓約書を作成し、自署による署名をしました。
その際、当社は新人事制度と就業規則の受入拒否を解雇の理由としないことも伝えています。
また、Xさんは、平成12年12月1日の当社への採用時に、バンド5と位置づけられ、基本給は旧会社における支給額と同額とされましたが、この金額はバンド5の上限額を上回っていました。
平成12年12月~平成13年5月の評価期間において、Xさんは、新人事制度における期首と期末の上司との面談を一切拒否したため、Xさんの評価は上司のみが行い、業績評価は2.0、コンピタンシー評価は2.0と決定しました。
以上の決定に対して、Xさんから異議はありませんでした。
この評価の結果として、Xさんは降給の扱いになりました。
さて、この訴えの結末は...
会社側の勝ち:旧会社からの地位継承はなく評価も合理的かつ公正
【主旨】
XさんはA社と改めて雇用契約を締結したものとみなされ、新人事制度が適用される
Xさんは、営業譲渡によって旧会社の従業員である自分がそのままA社の従業員になったか、使用者を変更する更改契約が締結されたと主張する。
しかし、更改契約の締結を根拠付ける証拠は全くないし、営業譲渡に関する旧会社とA社との契約には、労働契約の承継をうかがわせる規定がないばかりか、むしろA社が旧会社の従業員の労働契約を承継しないことを明記し、営業譲渡の時点では旧会社が従業員を雇用したままでA社との間でサービス契約を締結しているのであるから、Xさんの主張は根拠がないことになる。
そればかりか、Xさんは旧会社の従業員の地位のままでサービス契約によりA社の業務を行っていることを認識し、労働組合としてA社に対して雇用の継続を要求し、誓約書の提出によりA社への雇用確保を実現するという方針を採っていた。
そうであれば、営業譲渡による旧会社との地位の承継ではなく、誓約書による個別契約によりA社の従業員となったと認める他はない。
これらの判断から、A社とXさんとの労働条件に関しては、個別に新人事制度によることを認識した上で、A社との雇用関係を締結することを書面で差し入れて、それに基づく労働契約を締結したと評価することができるから、Xさんとの労働条件は平成12年12月1日施行の就業規則による新人事制度に従うべきものであると認めることができる。
評価や人事制度の運用は、不合理ないしは不公正と認めることはできず、有効であると考えられる
もとより、就業規則等による労働契約の内容として、成果主義による基本給の降給が定められていても、使用者が恣意的に基本給の降給を決定することは許されない。その過程においては、制度の仕組み自体の合理性が必要であり、また従業員に告知されてその言い分を聞く等の公正な手続が必要であり、これらがあって初めて降給が許容されるものと解釈される。
今件においては、新人事制度による給与制度は、従業員が属するバンドごとに目標が設定され、その目標設定は上司が一方的に作成するのではなく、従業員の面談を通じて設定されるものであること、期末の従業員の評価に当たり、従業員も自己評価をし、それは直接の上司のさらに上位者や人事部門に報告されること、上司の評価とその理由は従業員に告知され、従業員が自らの意見を述べて上司が評価の調整をすることが予定されていること、降給は各バンドの給与範囲が相対的に高い者に厳しく、低い者に有利な仕組みになっているが、降給者がいる一方で多くの者が昇給する仕組みになっているということが確認できる。
また、各期ごとの目標設定と目標ごとの評価という仕組み自体に合理性を認めることができるし、降給が各バンド内で、比較的高給を得ている者に厳しく、そうでない者が優遇されること自体が不合理であると評価することも困難である。
そして、上司の評価の結果は従業員に告知され、従業員が意見を述べることができ、従業員の自己評価も会社の人事部門に報告されるという仕組みには、一定の公正さが担保されているといえる。
これらのことから、新人事制度により導入した降給の仕組みには、合理性と公正さを認めることができ、Xさんらの降給は上記の仕組みに沿ってなされたものである以上、特に不合理ないし不公正と認めるべき事情がない限り、有効であると考えることができる。
なお、Xさんは、期末における上司との面談を拒否しており、この評価について意見を会社の上層部に伝達する機会を自ら放棄したのであるから、評価が落ちたという一事をもって、この評価を不公正であると判断することはできない。
(参考判例)
エーシーニールセン・コーポレーション事件
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